BLOG 気付きとコラム
2026.06.03 コラム
なぜ消費者が「原野商法」のような土地を買ってしまったのか。
司法書士の関根陽介でございます。
私は司法書士として「原野商法」の被害者の方のご相談を受けることをメイン業務としているのですが、ご相談を受ける度に「どうしてこんな土地を買ってしまったんだろうな~」と疑問に思うことが多々あります。
そこで、原野商法が流行っていた1970年代の時代背景から推測できることを簡単にまとめたいと思います。
1970年代の時代背景
高度経済成長期
1970年代は今よりも日本の経済成長に期待をしている人がより多かった時代と言えるかと思われます。
1955年頃~1973年のオイルショックまで、実質経済成長率が毎年平均して約10%という、世界でも類を見ない猛烈なスピードで経済が大きくなった時代です。
2025年度(令和7年度)の日本の実質GDP成長率は、政府によると、+1.1%程度のプラス成長ということで、高度経済成長期の「毎年10%」といった爆発的な伸びに比べると、現在の日本は緩やかな推移が続いていて、ようやくプラス成長に転換したというところです。昔の成長率は凄いですね・・・。
そのような背景から察すると、不動産に対する展望も非常に良いイメージがあったのではないでしょうか。
日本列島改造計画
1972年は当時首相に就任した田中角栄(たなか かくえい)が掲げた看板政策で、一言で言えば「新幹線と高速道路を日本中に張り巡らせ、地方を豊かにして都市の過密を解消しよう」という計画がありました。
これにより、下記のようなインフラ整備の計画が多数決まりました。
新幹線網の拡大:上越新幹線や東北新幹線の建設が決定(のちに開業)。
高速道路網の整備:日本全国を縦貫する高速道路計画の推進。
巨大架橋プロジェクト:本州と四国を結ぶ「本州四国連絡橋(本四架橋)」の計画推進。
当時の政策は、日本のインフラ整備を強力に進めることになり、「この不動産の地価があがるんじゃないだろうか。」という期待があったものと考えられます。
第一次オイルショックの発生
オイルショック(石油危機)は、1970年代に石油の供給が滞り、価格が爆発的に跳ね上がったことで、日本を含む世界中が深刻な経済パニックに陥った事件です。
今まさにイラン情勢の問題で、ホルムズ海峡を石油タンカーが通れたり、通れなかったりと今後も不透明な状態であるので、歴史を繰り返している感がありますね。
石油価格が上がると当然貨幣のインフレーションが進み、現金預金で資産を保有していると、実質的に目減りすることとなり、現金預金よりも不動産や金、株式といった別の資産に変えていく動きが加速します。
現に、当時の日本は、エネルギー源のほとんどを中東からの石油に依存していたこともあり、「石油がなくなる=日本の経済が終わる」という恐怖が日本中を襲った結果、下記のような出来事が起こりました。
トイレットペーパー買い占め騒動: 「紙を作る燃料(石油)がなくなるから、トイレットペーパーが消える」というデマが流れ、主婦たちがスーパーに殺到し、棚が空っぽになりました。その後、洗剤や砂糖なども買い占めの対象になりました。
狂乱物価: モノ不足への恐怖から便乗値上げも相次ぎ、1974年の物価上昇率は23%という、文字通りの「狂乱物価」を記録しました。
夜の街から消えたネオン: 節電のため、テレビの深夜放送が休止され、銀座のネオンやガソリンスタンドの日曜営業が自粛されました。
物価上昇率23%というのは想像がつかない上昇率ですね・・・。
これらの歴史を振り返ると、当時の方々が「不動産は安全資産だ」と思い、原野商法の被害が進んでしまったのも納得です。
その時代から50年が経った現在では、原野商法被害者の方に対する「二次被害」というのも散見されますが、それ以上に、「相続」がメインの問題になっている印象です。
原野商法の土地といえども、不動産であることに変わりはないので、れっきとした「相続財産」となり、「相続登記義務化」を背景に悩んでいる相談者が非常に多いです。
私どもは司法書士としてこの問題の相談を受けておりますので、ぜひお問合せフォームから気軽にご相談下さいませ。
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